自己紹介と私の想い
はじめまして!佐藤勇樹です。
整体師を20年しております。延べ5万人を超える施術をしてきた中で
今も昔も私の想いは『皆様の笑顔が見たい、本当の笑顔が見たい』という事です
その為に必要な事は心身共に健康である事。
私はそのお手伝いをしたいと日々研鑽を続けてきました
その中で脳育、脳トレを目的とした運動指導を導入。
目と脳と身体の繋がりからイノチグラスの目育士
足と全身のバランスの関係から身躰軸療法士となりました
JAGA(じゃが)ってなぁに?とよく質問されます
私自身のここ15年近くのあだ名がJAGAとか
JAGAにぃさんというところから
お店の名前にしちゃいました。
ちなみになぜJAGAなのかについては・・・
実際にお会いするまで秘密です(笑)
現在44歳。40歳の時に自分に発達の特性がある事を知りました
その時の心境としては【だからかぁ】でした。
今までの人生での生きづらさの理由がわかってスッキリしたのを覚えています。
昔話をさせて下さい(長いです)
子供の頃からどこか皆と違う。全部ではないけど
どこかすれ違う感覚。感じながら生きてきました
・皆が笑っている事の意味が分からない
・何故か急に友達が怒り出す・・・
小学生の頃まではそんな事がしょっちゅうでした
その中で自分の言動、行動と友達の差を分析
どのようにすると皆が笑い、怒るのかそればかり意識していました
『みんなと一緒のほうを選択しなくちゃいけない』
『ルールを守る良い子じゃないといけない』という
今にして思えば強迫観念じみたものをずっと抱えていました。
幸いな事に暴力を振るわれたり、無視されたりという
目に見える虐めに合った事はありませんでした
放課後に遊ぶような『友達』も少なからずいました
でも、なんだかずっと疎外感を感じながら生きていました
社会人になってもトライアンドエラーを繰り返し
務めた会社でも評価は高い方でした。
しかしそれと同時に肩こり頭痛とお友達になりました
整体師として自分の身体を見た時に
緊張が抜けていない。身体の力が抜けていない。
対処法も散々試しました。
心身に良い事も色々試しました。でも・・・
『みんなと一緒のほうを選択しなくちゃいけない』
『ルールを守る良い子じゃないといけない』
の呪縛が絡みつきます。
1回目の良い変化は妻と出会えた事
『もっと自分の為に生きろ!』今でもたまに言われますが
これを初めて言われたときに衝撃を受けたのを覚えています
あれ?俺は誰の為に生きていたのだろう?
そして自分の為、自分たちの為にもと独立の道を決めました
雇われていた時と比べればかなり生きやすくなりました
肩こり、頭痛もほぼ出なくなりました。
時は経ち、お陰様で整体院は順調に大きくなり
多い時で15人を越える人間を雇っていました
その頃からまた私の悪い所が再発し始めました
『良い社長でいよう』
一件良さそうな方針に見えますが
『社員にとって、良い社長でいよう』という気持ちが大きくなると
これは本当に色々とダメな方向に向かいます
社員も減り始め、その分の売り上げも減り、社員の顔色を窺うようになる
そして肩こり、頭痛に不眠も+してお友達になりました。
その中でなんの因果か出会ってしまったイノチグラス。
測定終了時のテストフレームの段階で相当な衝撃をうけました
目から鱗が落ちるってこういう事かと
こんなに身体って楽になるんだ、心って軽くなるんだ
目って凄い!イノチグラスって凄い
あの日の興奮は今でもはっきり覚えています
このイノチグラスについてはまた別の機会にお伝えしたいと思います
自分自身の健康と、家族の時間と色々なものが重なって
よし暫くは家族との時間を第一優先にしよう!という事になり
整体の会社を人に譲り、現在は個人事業主として仕事しています。
月日は流れ、子供達も大きくなり
あまりパパと遊んでくれなくなってきました(涙)
もうパパ仕事モードに入っちゃうもんね!!となったのが2026年のお正月
そして折角今一人で自由にやれているのだから
今まで自分の中に温めていたやりたかった事を全力で形にしてみようと
作ってみたのが『芯身健院JAGA』です。
私と同じような悩みを抱えている方
他の理由でもなにかしら生きづらさを抱えている方
少しでも解決できる一助になれるのだとしたら
今まで培ってきた知識、技術をすべてを注ぎ込んで
『絶対にお客様を笑顔にする』
それが
今までの『自分を殺して生きている』のではなく
自分自身と向き合って出した『自分が一番やりたい事』だったりします
自分らしく、笑顔でいられるように
皆様も本当の笑顔でいられるように
そう心から思えるようになった今日この頃であります
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